18歳が、73歳だった件









「バレたら
そっと返す
5000万
返しだ!」




2020年東京五輪を招致した猪瀬直樹東京都知事が
医療法人「徳洲会」グループから5000万円の
お・も・て・な・しで、公職選挙法違反に問われ


友達の輪


「笑っていいとも」の終了も発表された年なので
今年の漢字は「」になりましたけど、毎年
今年の漢字を書いてる清水寺の森清範貫主が





修行をしていた円福寺がある京都府八幡市で
先日このブログで「良子の紅葉」と紹介した
善法律寺にて、先月28日「忠臣蔵」で知られる





大石内蔵助のいとこで、後に内蔵助の養子になった
僧侶、覚運の墓塔が見つかっていたことが分かった。






覚運は、討ち入りの4年前の元禄11(1698)年
大石良雄の弟・専貞の弟子となり、石清水八幡宮の宿坊
「大西坊」(または太西坊)に入山したが、これまでは
死去時の年齢は18歳と73歳の両説があり、今回の
発見で73歳説が有力視されるという。












「やられたら
やり返す
倍返しだ!」




今年の漢字で3位となったのは「倍」でしたけど
堺雅人と菅野美穂が結婚する切っ掛けとなった映画





『大奥 永遠[右衛門佐・綱吉篇]』のモデルである
江戸城大奥の総取締・右衛門佐局や、淀屋橋でお馴染み
江戸時代の豪商・淀屋辰五郎、淀城主の永井家一族





模型飛行機の元祖・二宮忠八の墓がある、こちらは



神應寺












大石内蔵助の弟と養子ゆかりの石清水八幡宮と同じく
男山にある神應寺の寺紋はなんと、豊臣家の太閤桐と
徳川家の三葉葵なんですが、それは秀吉が征韓の役の前
石清水八幡宮に詣で、軍の先鋒に神官を望んだものの
神社側は恐れて命に服さずに、秀吉は機嫌を損ねたが
神應寺住僧の機転で、征韓の首途にはまず應神天皇の
御寺に参詣すべきと進言し、秀吉は機嫌を直して寺領
200石を寄進したからなのと、五代将軍綱吉の病が
十九代住職・廓翁鉤然和尚の祈祷で回復したかららしい。



普段は事前予約が必要なんですが、先月の23・24日
紅葉まつりの時は一般公開され、しかも嬉しいことに
近くには700円も取る寺もあるのに、無料でした











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